このサイトについて

  • このサイトには、これまでに蒐集した寺社の御朱印を掲載しています。
  • 通称を持つ寺社は、寺社名の後ろに丸括弧書しました。
  • 同じ都道府県内に同一名称の寺社が複数有り、通称名等で区別できない場合は、寺社名の後ろに大凡の所在地名を亀甲括弧書しました。
  • 複数の御朱印を持つ寺社の場合、以下の規則で見出しを附けました:
    • その寺社の御朱印を代表すると考えられるもの: その寺社名。
    • その他の御朱印: 寺社名の後ろにハイフン結びで御朱印の趣旨。
    • 塔頭寺院は、原則として本寺の一部と見なしました。
  • 霊場などの巡礼を目的とした一連の御朱印の場合、寺社名の後ろに巡礼名称・札所番号を角括弧書してあります。
  • 日附は参詣日・御朱印帳購入日・巡礼発願日をあらわしています。

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妙心寺〔新京極〕

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寺院名: 妙心寺〔新京極〕
宗派: 浄土宗西山深草派系単立
所在地: 京都府京都市中京区

「阿彌陀如来」

 蛸薬師堂の裏手にある寺院で、蛸薬師堂の横の路地を通って行くことができます。蛸薬師堂(永福寺)と同じ敷地内に建っているようで、御朱印も蛸薬師堂の受付で頂く事ができました。スキャナで取り込むと見えにくくなってしまいましたが、左上には葵の御紋が金泥で捺されています。

 蛸薬師堂との関係は、以下のような歴史的背景があるみたいです。
 1. 元々は二条室町に有った蛸薬師堂が、豊臣秀吉の都市計画によって現在地に移転。
 2. 蛸薬師堂が移転した現在地のとなりには、圓福寺という、同じ宗派(浄土宗西山深草派)の本山である寺院があった。
 3. その圓福寺は、幕末の動乱で廃寺になりかかったが、三河に有る同じ宗派の妙心寺(松平家と所縁が深い)に移転、本山を護ろうとした。
 4. 圓福寺が移転した先の妙心寺は、圓福寺の場所に移る(つまり、圓福寺と妙心寺が場所を交換した)ことにして、蛸薬師堂(永福寺)の境内にある仮本堂に引っ越した。
 5. こうして、ひとつの敷地内に蛸薬師堂(永福寺)と妙心寺が同居することになった。

 因みに、妙心寺という寺院は、京都にはざっと見て他に二カ所、計三カ所有るようです。一番有名(?)なのは、右京区にある臨済宗の妙心寺だと思いますが、もう一カ所はこの(蛸薬師堂となりの)妙心寺から裏京極通を挟んだところにあり「高野堂」と呼ばれる寺院です。つまり、蛸薬師堂の裏には、妙心寺という寺院がほとんど隣り合って、二つあるという事になります。

永福寺(蛸薬師堂)

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寺院名: 永福寺(蛸薬師堂)
宗派: 浄土宗西山深草派系単立
所在地: 京都府京都市中京区

「蛸薬師如来」

永福寺(蛸薬師堂) - 鯉地蔵

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寺院名: 永福寺(蛸薬師堂) - 鯉地蔵
宗派: 浄土宗西山深草派系単立
所在地: 京都府京都市中京区

「鯉地蔵尊」

 蛸薬師堂の中にある鯉地蔵尊の御朱印です。このお地蔵さんは本堂の向かって右側、「寶幢院」という額が掲げられている、小さなお堂に祀られています。

若宮八幡宮社(陶器神社)

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神社名: 若宮八幡宮社(陶器神社)
所在地: 京都府京都市東山区

建仁寺 - 禅居庵

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寺院名: 建仁寺 - 禅居庵
宗派: 臨済宗建仁寺派
所在地: 京都府京都市東山区

「開運勝利 摩利支尊天」

建仁寺

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寺院名: 建仁寺
宗派: 臨済宗建仁寺派
所在地: 京都府京都市東山区

「拈華堂」