記事一覧

「般若心経」の息継ぎ

 代表的なお経である「般若心経」の本を見ると、たいていの場合は、意味の上での区切りごとに空白が挿入されて書かれているようです。そうすると、その空白ごとに切って読めば良いでしょうし、息継ぎもそれらの場所ですれば良いと思われます。
 
 ところが、一概にそうとも云えないようで、以下の例では息継ぎの位置と、空白の位置が一致せず、多くの場合は空白のひとつ前の文字で息継ぎをしています:

 高野山真言宗成田山真如院による「般若心経」 [Flash形式]

 逆に、以下の例のように、空白のひとつ後の文字で区切る場合もあるようです(この例では、区切りが空白と一致する場合もかなり混在しています):

 真言宗智山派慈眼寺による「般若心経」 [MP3形式]

 また、大勢で唱える場合は、以下の例のように息継ぎがあることをわからないようにしてしまう(管楽器や合唱でいうところのカンニング・ブレス)場合も有るようです。因みに、この録音はいろいろな楽器が入っていて、一番賑やかです:

 曹洞宗成道寺による「般若心経」 [MP3形式]
 
 こうなると、何が正しいのか訳がわかりませんが、宗派によって、唱え方に決まりがある可能性も有るかもしれません。そんなわけで一寸調べてみたら、同様のことが気になった人が他にもいたようです。

 般若心経の読み方について

 この頁に出てくる回答によれば:

 1. たいていのお坊さんは、意味上の区切りと関係なく、息が続く限り読み続け、息が切れたら息継ぎをする。
 2. 同じ宗派であっても、お坊さんによって息継ぎをするところはまちまち。
 3. 更に、同じお坊さんが同じお経を読んでも、その都度息継ぎの場所が違うこともある。

…と云うことだそうです。要するに、あんまり息継ぎの場所に拘る必要はないらしいです。(´・ω・`)

 因みに。いわゆる「声明(しょうみょう)」には「博士(ぼくふ)」という、一種の楽譜が用いられますが、浄土真宗で用いられるお経の本には、これを利用して息継ぎの位置や抑揚が細かく指示されている物があります。

 また、例えば、真宗佛光寺派で用いられるお経の本は、それを更に改良した、五線譜のような形式もあります(正信念佛偈とか念佛和讃など)。これらを使えば、誰が読んでも同じようにお経を唱えることが出来るわけです。

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://www.zauberfloete.jp/CGI/Zauberfloete/Tagebuch/Tagebuch/Tagebuch-tb.cgi/70

トラックバック一覧